オリンピック標章の保護

みなさん、こんにちは。弁理士の齊藤です。北京オリンピックがついに終わってしまいましたね!巷では口パク疑惑やCGによる足形花火、人権問題などで騒がれもしましたが、世界のトップアスリートが本気で競い合う姿は、見ていて理屈抜きにワクワクするものでした。 

j0404882.jpgさて、今回は、そんな楽しかった「オリンピック」をテーマに採り上げてみたいと思います。オリンピックと商標・・・どういう関連があるのでしょうか?

 オリンピックといえば、国際オリンピック委員会(IOC)が4年に1回開催する世界的なスポーツ大会ですよね。大会の大規模化とともに開催に伴う開催都市負担が問題となっておりましたが、1984年のロス五輪(当時小学4年生だった私は、開会式における格好いいファンファーレと、ジェットエンジンを背負った男性が空を飛ぶパフォーマンスに心を奪われました!)において、TV放映権やスポンサーからの協賛金により数百億円の黒字を出すことに成功し、それ以来、オリンピックが商業主義を加速させていったことは皆さんご存じの通りです。

 かかる商業主義的色彩の濃い最近のオリンピックにおいて重要な位置を占めているのが、オフィシャルスポンサーと呼ばれる企業です。オフィシャルスポンサーは多額の協賛金を提供するかわりに、IOCやその国のオリンピック委員会(日本ではJOC)からオリンピック標章を商業的に使用することが許可されております。では、IOCやJOCから何ら許可を受けていない者が商業的にオリンピックの標章である五輪マーク(青・黄・黒・緑・赤の五色リング)を使用した場合はどうなるのでしょうか。

 ここでポイントとなる点が一つあります。国際連合(UN)や世界貿易機関(WTO)といった「政府間国際機関」であれば、その紋章・記章・名称等はパリ条約上の保護を受けることができますが(パリ条約6条の3)、IOCはいわゆる「民間国際機関」であることから、パリ条約上の保護を直接的に受けることができません。また、五輪マークの保護については、「オリンピック・シンボルの保護に関するナイロビ条約 (Nairobi Treaty on the Protection of the Olympic Symbol.) [1981.9.26採択]」が存在するものの、日本は未だ批准しておりません。

 では、我が国において、オリンピック委員会から許諾を得ていない第三者がオリンピック標章を商業的に使用しても、何らお咎めを受けずにすむかというと、そうではありません。不正競争防止法において、国際機関の標章の商業上の使用禁止が規定されています(不競法17条)。同条にいう「国際機関」とは、元々はパリ条約の同盟国の加盟する政府間国際機関のみを指し、IOCのような民間国際機関の標章は保護対象に含まれていませんでした。しかしながら、平成5年の不競法改正により、同条にいう国際機関には「政府間の国際機関に準ずるものとして経済産業省令で定める国際機関」も含まれることとなり、IOCの標章についても、政府間国際機関に準ずるものと経済産業省令で定められたため、五輪マークやその他のオリンピック標章(「国際オリンピック委員会」、「INTERNATIONAL OLYMPIC COMMITTEE」、「IOC」)は、同法による保護を受けられるようになりました(平成11年通産省告示82号)。同条の規定に違反した者は、5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金に処されます(同法21条2項6号)。

では、かかる無許諾の第三者が商標登録出願を行った場合はどうでしょうか。やはり商標登録は認められません。商標法4条1項6号には、国・地方公共団体・これらの機関を表示する標章であって著名なものと同一又は類似の商標については登録を受けることができない旨が規定されており、「オリンピック」や「IOC」「JOC」等を表示する著名な標章も本号の規定に該当するとされているからです(商標審査基準:第3(不登録事由).四(国、地方公共団体等の著名な標章))。また、五輪マークについては、これに類似する商標(青・黄・黒・緑・赤の五色のリンゴ型リングからなる商標)が4条1項6号に該当するとして、無効にされた審判事件があります(審判平9-15155/平成10年11月27日)。とはいえ、実はこの規定も昭和34年の現行商標法制定時に導入されたものであり、旧法(大正10年法)下では4条1項6号に対応する規定が置かれておりませんでした。そのため、現行商標法の施行前に出願された「OLYMPIC」や「オリンピック」といった商標については、出願人がIOCやJOCであるか否かを問わず、登録が認められております(登録第752581号、同253222号、同240510号、同123277号等)。また、4条1項6号違反は後発的な無効理由に該当しないことから(同法46条1項5号)、たとえ現行法上では4条1項6号に違反する商標であるとしても、今となっては無効にすることもできません。

j0155731.wmfなお、蛇足になりますが、東京オリンピックが行われた1964年(昭和39年)に、JOCと元オフィシャルスポンサー企業(オリンピック標章の使用承認期限が途過した後も使用を継続した企業)との間でオリンピック標章(五輪マークの下にTOKYO1964と書されたもの)の使用が不正競争防止法上の保護対象になり得るか、また、五輪マークが著作物性を有するか否かについて争われた仮処分事件(「オリンピック標章事件」東京地裁 昭39(ヨ)5594/昭和39年9月25日決定)があります(債権者:元スポンサー企業、債務者:JOC)。今となっては不正競争防止法17条に該当し得る案件ですが、当時は対応する規定が存在しなかったため、JOCとしては著名な営業表示の不正使用行為(旧不正競争防止法1条1項2号)に該当するとの主張や、著作権違反を盾に攻撃したのでしょう。元スポンサーによるオリンピック標章の承認期限途過後の使用が違法行為であると宣伝するJOCに対して、元スポンサー側がかかる宣伝行為の禁止の仮処分を申し立てた事案でしたが、裁判所は、不正競争防止法の保護を受けられるとするJOC側の主張を「JOCが営業をなすものでなく、同法が保護の対象として予定する営業上の利益を有するものでなく、有すべきものでもないことに鑑み、これを採り得ない。」としながらも、著作権に関しては、「JOC・・・が著作権・・・を有するとは直ちに肯認しがたいけれども、著作権の主張については明らかに根拠のないものとも言えない」、つまり、オリンピック標章の著作物性は認めがたいとして消極的に解する一方で、JOCの著作権に関する主張自体は相応の根拠を有するものと考えられるとして、元スポンサー側による仮処分申請を却下しました。

 最後に、北京オリンピック開催国である中国におけるオリンピック標章の保護について、簡単に触れておきましょう。中国では、2002年2月4日にIOCやCOC(中国オリンピック委員会)の標章等の保護に関する「オリンピック標章保護条例」が公布され、IOC、COC、オリンピック競技大会組織委員会の許諾を得ることなく商業目的で五輪のマークをはじめとするオリンピック標章を使用することが禁止されています。また、当該条例による保護の他、著作権法や商標法、専利法(日本の特許法・実用新案法・ 意匠法に相当)、特殊標章管理条例等によっても別途保護を受けることができる旨が確認的に規定されています(同条例第14条)。

 オリンピック期間中には心配されていた北京市内でのテロこそなかったものの(2008年8月24日現在)、グルジアにおける武力衝突があり、また、開会前には中国国内でも連続爆破テロによる死者が出ました。古代オリンピックでは、オリンピック期間中の戦争を休戦とし、敵対する者同士であってもスポーツを競い合ったそうです。商業化された現代オリンピックも、かかる休戦の精神(エケケイリア)を今一度思い出し、世界中の人々が純粋にスポーツを楽しめるような真の「平和の祭典」になることを心から願ってやみません。


2008年8月25日
齊藤 整
特許業務法人 クレイア特許事務所