歴史上の人物名の商標登録

みなさん、はじめまして。弁理士の前田幸嗣と申します。大阪の鎌田特許事務所で主に商標業務を担当しております。今回のコラムでは、数ヶ月前に新聞報道もされました「歴史上の人物名等に関する商標審査の見直し」を取り上げたいと思います。

bl01000_.wmfさて、その「歴史上の人物」といえば、いよいよクライマックスを迎える大河ドラマの「篤姫」が高視聴率を記録していることもあって、その劇中の登場人物を想起される方が多いかもしれません。私も特に劇中に流れる音楽が気に入っていまして、毎週視聴しています。そんな中で、私は商標調査を比較的得意な業務としているせいか、何でもすぐ商標登録されているか調べてしまう癖がありまして、ついつい登場人物の名前が商標登録されているか、気になって調べてしまいました。調べてみたところ、「篤姫」はテレビ局の関連会社が登録しており、その他「小松帯刀」や「坂本龍馬」、「徳川慶喜」等の人物名は様々な企業が登録していることがわかりました。

これらのような周知・著名な歴史上の人物名は、その人物の名声により強い顧客吸引力を有しているため、関係のない第三者が商標として営業上使用したいと考え、商標登録出願することは、古くから行われていたことですが、この事実を初めて知って、驚かれる方も多いようです。確かに、歴史上の人物と何の関係もない企業が商標登録を受けていることには、多少の違和感を覚えます。

では、何故この「歴史上の人物名」についての商標登録出願が、拒絶されずにこれまで登録されてきたのでしょうか。その理由としては、現行の商標法においては、現存する人物の氏名については、その者の承諾を得なければ商標登録を受けられない旨の規定である商標法第4条第1項第8号がある一方、故人の人物名の商標の登録を禁止する明文の規定が存在していないことが考えられます。このため、一昔前であれば、現存しない歴史上の人物名は、没後間もない等の一部の事例を除けば、概ね商標登録されてきたようです。

しかしながら、近年、没後100年以上経過していない歴史上の人物名について、遺族の承諾なく商標登録することは、故人の名声・名誉を傷つけるおそれがあり、公序良俗違反であるとして商標法第4条第1項第7号に該当することを理由に登録を認めない旨の審決や判決が散見されるようになってきました。また、没後100年以上経過している「吉田松陰」等の商標登録出願についても、一度は商標登録を受けたものの、地方自治体である山口県の萩市から、公序良俗を害することを理由に登録異議の申立てを受けている他、「金子みすず」等の商標登録出願に対して、その人物ゆかりの土地の地方自治体から商標登録に反対する内容の情報提供がなされており、地方自治体から制度の見直しを求める声があがってきているようです。

j0110756.wmfこういった経緯があり、数ヶ月前に新聞報道があったように、特許庁は、歴史上の人物名等に係る商標登録出願に関する公序良俗違反の審査基準の策定に動き始めました。その審査基準の案の内容の概要は、「著名な歴史上の人物名等の商標については、故人の名声・名誉を害するおそれがある場合や、商取引の秩序を乱すおそれがあるような場合には、商標法第4条第1項第7号(公序良俗違反)に該当することとする。」というものです。

では、今後、歴史上の人物名については一律に商標登録を受けることができないような方向性になるのでしょうか。例えば、歴史上の人物名を商標として採択し、長年使用し続けてきた結果、その業界内において周知・著名になったような場合であっても、商標登録を受けられないのでしょうか。このようなケースでは、遺族の心情を害することなく、また、長年商取引の秩序を乱すことなく商標として使用してきたのであれば、商標登録を受けられないのは酷に思えます。そういった事情も考慮して、審査の運用としては、

(1)出願の経緯
(2)故人や遺族との関係
(3)故人と指定商品・役務との関連性
(4)故人名を登録した場合の社会や産業への影響

等を総合的に勘案した上で、公序良俗を害するおそれがあると判断された場合に拒絶することを現在検討しているようです。

具体的には、上記(1)は、出願人の商標として周知著名になっているような場合は、その事情を勘案するというもので、(2)は、遺族の承諾を得ている場合には、その事情を勘案するというものです。また、(3)は、出願商標が音楽家の名前である場合に、指定商品が関連性の高い「楽器」のような場合には、故人の著名性を利用して商品の品質を誇示するものと判断され、指定商品が「便器」のような場合には、故人の名声・名誉を害するおそれがあると判断される可能性が高いというものです。そして、(4)は、故人の遺産等を管理している者が存在しているか等の事情を勘案するというもので、遺族に限らず、故人の遺産を管理する団体等があれば、団体等と何ら関係を有しない出願人は商標登録を受けることができないというものです。

このように、既にかなり具体的な審査運用の案ができあがっているため、実際に実務を行っておりましても、この審査基準策定の動きが影響しているのか、従前であれば登録されてきた歴史上の人物名であっても、商標法第4条第1項第7号に該当するとの拒絶理由通知を受けることが多くなってきたように思います。したがいまして、たとえこれまで複数の商標登録を受けてきた例が存在するような歴史上の人物名であっても、商標として採択し、出願するような場合は、上記(1)~(4)の事情を考慮し、商標登録を受けられるか否かについてよく検討する必要があるように思います。

j0394760.wmfなお、この歴史上の人物名等の商標審査の方向性に関しては、現在のところ案に対しての意見を募集している段階であり、「そもそも商標法第4条第1項第7号は公益保護の規定であると考えられているため、私益である遺族の心情を害することを理由として歴史上の人物名からなる商標登録出願を拒絶するのであれば、他の規定によるべきである」等の意見が出ているようですので、審査の運用が現在の案から今後変更される可能性はあります。とはいえ、いずれにせよ今後は「歴史上の人物名」について商標登録を受けることがこれまでよりも困難になることは間違いないと思われます。

最後に、商標登録を受けられるか否かとは別の問題として、商標として歴史上の人物名を使用することの可否という問題がありますが、その使用により、他人の営業上の利益が害される場合には、不正競争防止法上の問題が生じるおそれがあり、遺族の心情が害されるような場合には、一般不法行為の問題が生じるおそれがありますので、商標の出願だけでなく、歴史上の人物名を商標として使用する場合にも、問題が生じないかよく検討する必要があります。もちろん、既に商標登録を受けている人物名であれば、商標権を侵害するおそれがありますので、使用前に商標調査を行うことは必須です。

因みに、「篤姫」の事例では、テレビ局側が商標権を取得し、使用料を支払うことを条件として、「篤姫」ゆかりの土地の事業者に商標の使用を許諾していたようですが、使用料を徴収することについて、事業者から不満の声があがる等の問題が生じていたようです。こういったケースでは、テレビ局側が商標権を取得しなければ、これまでの商標制度の下においては、「篤姫」と何の関係もない者が商標権を取得してしまう事態も生じ得るでしょうから、テレビ局側が商標権を取得すること自体はやむを得なかったように思います。今後は、歴史上の人物と関係を有しない一企業や一個人が、歴史上の人物名について商標権を取得することは困難になるでしょうが、地域産業の活性化のために、その土地の事業者が自由に歴史上の人物名を使用できるようにしたいのであれば、地方自治体や遺産を管理する団体等が積極的に商標権を取得したほうがよいと思われます。

2008年11月25日

弁理士 前田幸嗣
鎌田特許事務所