中国での商標権を取得する場合等のポイント及び日本の地名等に関する商標の先取的な取得への対応策について

 アルカディア知財事務所の弁理士の垣木 晴彦(かきぎ はるひこ)と申します。このコラムでは第2回目の執筆となります。今回もどうぞよろしくお願い致します。
 
2009005_01.gif 近年、日本からの中国への商標出願の件数がうなぎのぼりに増加しています。これは、日本の企業が中国の工場で製品を生産することが多くなったことに起因するものと思われます。これに加えて、最近では中国がいわゆる工場としてではなく、人口約13億人の日本に非常に近い巨大な市場であるとも認識されつつあり、中国に日本から製品等を輸出することも考えられるようになってきていることもあるように思われます。このような状況下で中国での商標権の取得は各企業において重要な項目の一つとなっているのではないでしょうか。
 お客様とお話をしていても、中国を新たな市場と見ておられることが増えてきているようにも思われます。
 そこで、今回は中国で商標権を取得する場合等に、私が注意しておいた方がよいと思うポイント、及び最近日本の新聞等でもよく話題に上っている日本の地名等の先取的な取得への対応策について簡単にお話をしたいと思います。

(1)商標権を取得する場合等のポイントについて
 1)現在、中国では商標登録出願してから審査結果が出るまでに3年程度必要であるようです。この状況からすると、中国の進出等を検討されるできるだけ早い段階で重要な商標については商標登録出願しておく必要があると思われます。

 2)商標登録出願される商標の態様はいろいろと考えられます。例えば、漢字、欧文字、ひらがな文字、カタカナ文字等が考えられます。このうち、漢字については日本と中国とではその発音が異なりますので、この発音が異なるということに留意して商標登録出願する商標の態様を検討する必要があると思われます。例えば、中国の需要者にも日本の発音に近い発音で認識してもらおうとする場合には、漢字ではなく、欧文字で商標登録出願される方が比較的近い発音をしてもらえることが多いようです。

 3)指定商品及び指定役務については、中国では日本以上に、審査官は審査基準に記載した商品又は役務に当てはめようとする傾向が強いと思われます。この場合には、中国の現地代理人に当該商品又は役務を十分に理解してもらった上で、粘り強く審査官に説明してもらうことが肝要であると思われます。

 4)指定商品及び指定役務が10アイテム以上になると、印紙代が1アイテム毎に100元追加になりますので、コスト削減の観点から日本のように必要以上に多くの指定商品等を指定しない方がよいと思われます。なお、中国では、多区分制度が導入されておらず、1商標1区分で出願する必要がありますので、この点にもご注意下さい。

 5)同日出願の場合には、日本では原則としてくじ引きになりますが、中国では先に使用している者に商標権が付与されることになります。なお、どちらも不使用の場合にはくじ引きによって商標権者が定められることになります。

 6)虚偽表示については、日本よりも厳しい取扱いがなされています。例えば、登録した指定商品以外の商品に登録商標である表示、例えば、「登録商標」と付して使用した場合、工商局(行政庁)が職権で見つけ出したうえ、罰金が科されることになります。その罰金の金額は、不法な売上げの20%以下又は不法な利益の2倍以下とされています。中国で商標登録を取得していない製品について、日本での登録商標の表示等を削除しないで中国で販売されないように十分に注意する必要があると思われます。

 7)商標の類否の判断については、日本と同じような基準で判断される場合もありますが、そうでない場合も多くあります。一例をあげれば、「f4」が図案化されて登録されている場合、「F4」を前記「f4」と異なるように図案化をして出願した場合でも、発音が同一の場合には類似すると判断されると審査基準に記載されています。日本の場合には、「f4」及び「F4」は自他商品又は役務識別力がないと判断され、その図案化によって登録されたと判断されると思われますので、この場合にはおそらく非類似と判断される可能性が高いと思われます。しかし、中国では類似すると判断される可能性がありますので、十分に注意が必要だと思われます。

(2)日本の地名等の先取的な取得への対応策について
 最近、中国では、日本の地名等を先取的に商標登録出願又は商標登録されているケースが見られます。
 既に先取的に商標登録出願又は商標登録されている場合には以下のような対応策が考えられると思われます。

1)法律上の対応策
①商標登録出願が審査されて公告されている場合
 以下の理由に基づいて公告された日から3ヶ月以内に異議申立を行うことができます。

i)中国において公知な外国地名であること
ii)地理的表示であること
iii)先に使用している一定の影響力を有する商標を不正な手段により登録したこと

 これらのうちのいずれかに該当する場合には、商標登録が認められません。しかし、この方法は、現在、異議申立の審理に3年から4年程度の期間が必要ですので、早期に解決したい場合には不適な方法であると思われます。
 なお、現在のところ、中国では、日本とは異なり、商標登録出願中の情報提供制度がありませんので、公告後に前記異議申立を行うしか方法がないのが現状です。

②商標登録された後の場合
 以下の理由に基づいて商標登録の取消裁決を請求することができます(日本で言う無効審判又は取消審判に該当すると思われます。)。

i)中国において公知な外国地名であること
ii)地理的表示であること
iii)先に使用している一定の影響力を有する商標を不正な手段により登録したこと
iv)その他不正な手段による登録
v)登録後3年間不使用であること

 なお、これらのうちのいずれかに該当する場合には、商標登録を消滅させることができます。但し、ii)乃至iv)については5年の時効がある点に注意が必要です。

2)事実上の対応策
 商標登録出願人又は商標権者からその商標登録を受ける権利又は商標権を買い取る方法があります。特に中国に早く進出したい場合には、商標登録出願人又は商標権者が交渉に応じれば早期に問題が解決する可能性があります。
 なお、商標権者等から中国の貨幣価値からすると高額な金額の提示を受ける可能性もあります。

3)中国での先取り的な商標登録出願又は商標権の取得の防止を見据えた出願戦略について
 日本で商標を採択される場合に、中国にも進出する予定があれば、この予定の段階で、国内への商標登録出願と共に中国にも商標登録出願しておかれる方がよいと思われます。
 なぜなら、インターネットによって日本の商標登録出願の内容や各企業のホームページを中国でも簡単に検索できるので、商標登録出願の事実又は商標の使用の事実等を知られて先取的に中国で商標登録出願される可能性があると思われるからです。
 すべての商標について中国で商標登録を取得するのは費用がかなり高くなりますので、特に重要な又は中国で第三者に商標権を取得されたくない商標について、日本では当然として中国でも商標権を取得されておかれるべきであると思われます。

2009005_02.jpg なお、少し前に新聞等で大きく取り上げられた「青森」との商標が中国で先取的に商標登録が取得されていたケースの場合、異議申立等によって多くの先取的な登録が取り消されたようですが、「青淼」と「森」を「淼」に変更して出願されたようです。中国の現地代理人によれば、このように変更された場合には、「青森」からは「チンセン」との称呼が生じ、一方「青淼」からは「チンミャオ」との称呼が生じることから、称呼が異なるため「青淼」はその商標登録が認められ、取消を求めても取り消されない可能性の方が高いものと思われるとのことでした。ここまでされるとなかなか対応が難しいと思われます。

2009年10月15日
弁理士 垣木 晴彦
アルカディア知財事務所