アメリカ商標法の基本概念

皆様、初めまして。弁理士の太田誠治と申します。現在、大阪の北村国際特許事務所で主に商標業務を担当しております。
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 私は、2006年夏から2008年夏にかけて、アメリカのワシントン大学(セントルイス)ロースクールで知的財産法を学ぶと共に、Thompson Coburn LLPというローファームのセントルイス・オフィスにて実務研修をさせて頂きました。その際に得た知識や経験に基づいて、今回はアメリカ商標法の基本的な概念について少し書かせて頂こうと思います。
 アメリカといいますと、日本とは全く異なる法制度ということで、なかなか理解し難い部分があるのではないかと思います。例えば、コモンロー、連邦法と州法、使用主義等など。

1.コモンロー(Common Law)
 先ずコモンローについてですが、これは多義的な意味がありますので注意が必要です。具体的には、

(1) 衡平法(エクイティ)(Equity)と対比される用法で中世以来イギリス国王のコモンロー裁判所(Common-law Court)が発展させてきた法分野のこと(ここでは便宜上「狭義のコモンロー」といいます)、
(2) 制定法(Statute, Statutory Law)又は成文法(Written Law)と対比される用法で判例法・不文法のこと(「広義のコモンロー」)、
(3) 大陸法(Civil Law)と対比される用法で英米法のこと(「最広義のコモンロー」)、

等を意味します(田中英夫編集:英米法辞典(東京大学出版会)をご参照)。 
 (1)の狭義のコモンローについて補足しますと、中世イギリスでは国王裁判所が条理・自然法・論理・先例等に基づいて裁判を行っていたのですが、この国王裁判所での救済方法では不十分と考えた人々が国王に直接救済を求めるようになり、それを受けて大法官(Lord Chancellor)が正義・衡平の観点から個別に救済を与えるようになりました。前者が発展させてきた法分野をコモンロー(ここでは「狭義のコモンロー」)といい、後者が発展させてきた法分野を衡平法(エクイティ)といいます。具体的には、コモンロー裁判所では救済方法として損害賠償請求は認められたものの、特定履行(Specific Performance)や差止請求(Injunction)が認められていなかったので、これらは衡平法(エクイティ)の分野で認められるようになりました。なお、現在のアメリカのほとんどの地域ではコモンローも衡平法(エクイティ)も一つの裁判所で取扱うようになりましたが、これらの違いは現行法にも依然影響を与えています。例えば、合衆国憲法第7修正(7th Amendment)は陪審による審理を受ける権利を保障していますが、それはコモンロー上の救済(損害賠償請求等)を求める場合にのみ適用されます。そもそも陪審制度はコモンロー裁判所で発達してきた制度であるため、衡平法(エクイティ)上の救済(差止請求等)のみを求める場合には陪審による審理を受ける権利が保障されていないのです。
 (2)の広義のコモンローの場合、(1)の狭義のコモンローと衡平法(エクイティ)の両方を含む概念になる点に注意を要します。
 (3)の最広義のコモンローの場合には、判例法だけではなく制定法も含めた概念になります。なお、大陸法系に属する国々としてはヨーロッパ大陸諸国や日本等があります。大陸法系と英米法系の大きな相違点は、主要な法源(裁判する基準)を、前者は議会で制定する法律に求めるのに対して、後者は裁判所で構築されていく判例法に求める点にあります。
 このように、コモンローという概念は多義的ですので非常に混乱しやすいのですが、一般的にアメリカ商標法で使用されるコモンローとは、これらのうち(1)の狭義のコモンロー又は(2)の広義のコモンロー、殊に(2)の意味で使用されているのが通常と思われます。なお、現在では、アメリカでも商標法が制定されておりますが、基本的にこれは(2)の広義のコモンロー(判例法)で蓄積されてきたルール(法)を成文化したものです。

2.連邦法(Federal Law)と州法(State Law)
 アメリカでは、イギリス政府からの圧政を嫌って独立したという歴史的背景から、国家権力をいかに制限するかという観点で憲法が制定されています(この点は合衆国憲法を模範とした日本国憲法も同様です)。また、独立当初は東部の13州だけだったのですが、その後フランスやスペインから領土を購入したりする等して領土を順次拡大していき(いわゆる西部開拓)、最終的には現在の50州になりました。このような歴史的背景から、アメリカでは、各州が独自の文化・法制度を有しており(例えば、旧フランス領であったルイジアナ州はフランスと同じ大陸法系に属します)、合衆国レベルでの法律(連邦法)は合衆国憲法で規定されている事項のみ制定することができるという仕組みになっています。余談ですが、アメリカの弁護士試験(Bar Exam)も州毎に行われますので、例えば、カリフォルニア州の弁護士は原則としてニューヨーク州で弁護士活動を行うことができません。
 このようにアメリカでは連邦法と州法とが並存している状態です。したがって、ある事件がその州で収まる限り、州法に基づいて州裁判所が管轄することになります。しかし、複数の州が関連する事件や外国関連事件(合衆国憲法第1条第8節第3項の州際通商条項(Commerce Clause))等の合衆国憲法が規定する一定の事項については連邦裁判所も管轄をもつことになります(ちなみに、特許と著作権に関する紛争は連邦裁判所の専属管轄です)。この点、ハリウッド映画等によく登場するFBI(Federal Bureau of Investigation)(連邦捜査局)が、各州の警察では対応できない複数の州にまたがる事件を扱うのを思い出してみてください。また、商標法についても、各州に商標法があってそれぞれの商標登録簿があり、また、合衆国レベルでは連邦商標法(Lanham Act)があって特許商標庁(USPTO)に商標登録簿があります。仮に州法と連邦法とに不一致がある場合には、連邦法が優先(preempt)します。日本企業がアメリカでビジネスをする際には複数の州にまたがるか輸出入(外国関連)になるのが通常ですので、連邦商標法によって規律されることになります。連邦商標登録出願又は登録の際に「Use in Commerce」(州際取引=複数の州又は外国関連での使用)(Lanham Act §45)の最初の日を記載しますが、これはまさに出願人が州法ではなく連邦法で規律される「使用」をしていることを主張しているということになります。

3.使用主義
 使用主義についてですが、これは商標に関する権利を取得及び維持するために商標の使用を要求する考え方です。したがいまして、日本とは異なり、仮に商標登録していたとしても、使用していなければ権利行使をすることはできません。そして、原則として最先の使用者が保護されます。この根拠が上記(2)の意味の広義のコモンローになります。つまり、永年に渡って蓄積された判例法に基づいて最先の商標使用者が保護されるのです。なお、広義のコモンローは基本的に州毎に発達してきており、その広義のコモンロー上の権利の保護範囲は当該商標を使用している地域(及び出所混同が生ずる虞のある地域)に限定されます。そもそもアメリカ商標法は不正競争防止法の一態様として発達してきたものですので、周知性の要件の要・不要という違いはありますが、日本の不正競争防止法2条1項1号のように考えると少し理解しやすいかもしれません。
 このように見てみますと、アメリカで商標権を取得するには使用すればよくて、敢えて特許商標庁に出願する必要がないのではないかと思われる方もいらっしゃるかもしれません。ある意味正解です。しかし、それでも多数の人がアメリカの特許商標庁に出願するのは、次のようなメリットがあるからです。
 出願時には実際に使用していなくても、「使用意思」(Intent-to-Use)に基づく出願(Lanham Act §1(b))をすれば、商標登録されることを条件として、出願日が最先の使用日と擬制され(constructive use)、かつ、上記(2)の広義のコモンローにより保護される使用とは異なり、その効果は全米に及ぶことになります(Lanham Act §7(c))。例えば、Aが使用意思に基づく出願をし、その後Bが現実の使用を開始して、その後Aの出願が登録に至った場合には、仮にAの現実の使用がBの現実の使用よりも後であったとしても、AはBの使用を差止める権利を有することになります。
 その他にも、登録後5年間継続的に使用していれば特定の理由以外では無効にされないという不可争性(incontestability)を得られる(Lanham Act §15)、商標調査で発見され易いので他者の出願・使用を牽制することができる、登録名義人が商標に関する権利を主張している旨が擬制される(constructive notice)(Lanham Act §22)、権利の有効性や所有者であることの一応の証拠となる(prima facie evidence)(Lanham Act §33)等のメリットがあります。

 如何でしょうか?アメリカ商標法の基本的な概念が少しご理解頂けましたでしょうか?日本とは異なる法制度ですので、日本と同じように考えて出願をするとひどい目にあうかもしれません。その端的な例が次のフロード(Fraud)です。

4.フロード(Fraud)
 アメリカで商標登録出願をすると、宣誓させられることが多いことに気がつくかと思います。フロードとは、簡単に言うと、その宣誓の際に嘘をつくことです。そして、フロードを主張する者(異議申立人や商標権侵害訴訟の被告等)が、

(A) 権利者が、特許商標庁に対して、重大な事実(material fact)について虚偽の表明をしたこと、又は、重大な情報を故意に開示しなかったこと、
(B) 権利者が、当該表明が虚偽であると知っていたこと、又は、知っておくべきであったこと(knew or should have known)、並びに、
(C) 権利者の虚偽の表明を信頼していなければ、特許商標庁は登録をしなかったであろうこと、

を立証した場合には、商標登録全体が取消されたり、登録商標に依拠した主張ができなくなったりする等、上述しました連邦登録に基づく利益を失うことになります。更に、フロードにより登録したことで損害を被った者がいれば、その者に対して損害賠償義務を負う場合もあります(Lanham Act §35)。
 例えば、(a) アメリカにおける販売代理店が自らが商標に関する権利者でないことを知りつつ、商標の所有権を主張している場合、(b) 長年使用していない商標について更新の宣誓供述書(Affidavit)を提出した場合、(c) 一部の商品にしか使用していないにもかかわらず、全ての指定商品について使用していると主張した場合、(d) 出願した商標が普通名称であるとの事実を開示しなかった場合等はフロードに該当しますので、注意が必要です。なお、連邦登録が取消されても広義のコモンローに基づく権利は依然行使することが可能ですが、上述のとおり、これは実際に使用している地域でのみ有効ですので、他の地域には権利が及ばない点にご留意下さい。
 一方で、例えば、(e) 最先の使用日が誤って記載されているが、いずれにしてもそれが出願日以前での使用である場合、(f) 出願した商標が記述的(descriptive)又は機能的(functional)なものであることを開示しなかった場合、(g) 他者の使用を開示しなかった場合、(h) 他者の記述的・非商標的使用を開示しなかった場合等はフロードには該当しません。
 フロードは、商標審判部(Trademark Trial and Appeal Board=TTAB)での異議申立や取消請求の根拠となったり、商標権侵害訴訟において被告の積極的防御手段となったりする等いろいろな場面で問題となりますので、権利行使が可能かつ容易な商標権を取得するために、フロードには是非とも気をつけて頂きたいと思います。

2009年4月1日
弁理士 太田誠治
北村国際特許事務所  ※コラム中の写真は、太田先生がアメリカ滞在中に撮影された連邦議会(国会)です。