登録商標の普通名称化について

20090003_01.jpgこんにちは、クレイア特許事務所の斉藤です。このコラムではすっかりご無沙汰しております。さて、今年も既に半分が過ぎてしまいましたが、みなさんはもう夏の予定を立てられましたでしょうか。山でキャンプ、海で花火、近場のプール・・・いずれにしても「夏といえばアウトドア」というのが世の中の定番かもしれませんが、典型的な文化会系インドア派の私としては、今夏に発売される2大ゲームタイトル(某クエスト9と某ハンター3)が気になって夜も眠れません。まるで遠足前の小学生状態です。早く来い来い夏休み♪

という訳で、今回は個人的な趣味であるゲームを題材にしながら、「登録商標の普通名称化」について考えてみようと思います。体育会系アウトドア派の方には少々物足りない部分があるかもしれませんが、お付き合いの程よろしくお願いします☆

では早速、普通名称の登録性について検討してみましょう。商品「家庭用テレビゲームおもちゃ」について「ビデオゲーム」という商標は登録できますか?できませんよね。日本では、「ビデオゲーム」は「テレビゲーム」と同義に解されているため*1、商品の普通名称であるとして登録は認められないでしょう*2

次に、当初はその商品の普通名称でなかったため登録が認められたものの*3、登録後に普通名称になってしまった場合*4はどうなるでしょうか。この場合には、商標権の効力が制限され、他人による当該商品への登録商標の使用を排除することができなくなります*5。そのため、商標権者としては、財産的価値の高い登録商標の普通名称化を何としても避けたい、という事になります。

例えば(あくまでも説明上の「仮定話」ですので誤解なきようお願いします)、「ファミコン」は任天堂株式会社の登録商標ですが(登録第1832596号、同第1965158号)*6、仮に、新聞やテレビ・雑誌・ネットなどの各メディアにおいて、あたかも「ファミコン」がテレビゲーム機の一般的な名称であるかのごとく報道・表示され、また、国語辞典等においても、「ファミコン」という項目が設けられた上、「テレビの画面上にゲームを映し出して遊ぶ装置。」といったように普通名称として記載されてしまうと*7、どうなるでしょうか?これに接した需要者・取引者は「ファミコンは家庭用テレビゲーム機の普通名称である」といった認識を持つようになり、普通名称化が進んでしまうかもしれませんよね。このように、高い著名性を有する登録商標は一般的に普通名称化するリスクも高く、一旦普通名称化の判断が出てしまうと一夜にして独占排他的な効力が失われる結果にもなりかねないため、普通名称化の防止はとても大切であるといえます。

さて、ここまで読んだみなさんは、『それなら、普通名称化する前に「勝手にうちの商標を使うな!」って文句を言えばいいのに・・・』と思われるかもしれませんね。確かにそのような「お願い」は一定の効果をあげることができると考えられますが、話はそう簡単ではありません。例えば、ネット上のブログに『昨日、彼氏にPlayStation 3っていう高いファミコンを買ってもらいました☆』という書き込みがあったり、テレビのニュースで、『人気ゲームの発売日である本日は、朝から都内のファミコンショップに長蛇の列ができました』というアナウンサーの発言があったとします。これらの場合、商標権者側からすると、個人ブログであっても「ファミコン」と書かずに「ゲーム機」と書いて欲しいところですし、テレビのニュースでは「ファミコンショップ」と言わずに「テレビゲームショップ」と言って欲しいところです。しかしながら、単なる日記やニュースなどで「ファミコン」の文字が使用されても、それらの人々が業として「家庭用テレビゲームおもちゃ」等を販売等している訳ではなく、また、商標的に使用されている訳でもありませんので、その行為を商標権侵害として止めることは困難であるといえます。つまり、「我が社の登録商標である旨の表示をして頂くか、表現を変更して下さい。」というお願いベースの申し出にならざるを得ず、相手から「普通名称と考えておりますので、訂正する気はありません。」と申し出を断られてしまう可能性も十分あるということです*8

では、こうした普通名称化を招く登録商標の使用を直接的に阻止できるような法律を新たに作れば良いかというと、これまた難しい問題が残ります。実は我が国には「登録後に普通名称化した商標の登録を取消す制度」がありません*9。特定の場合には後発的な理由に基づく無効審判も認められますが、登録商標の普通名称化は後発的無効理由に含まれていないため*10、たとえ裁判で「この登録商標は普通名称化している」との判断が示されても、登録自体は有効に存続することになります。ということは、「登録商標が普通名称との印象を与えるような使用について、登録商標である旨を表示するように請求することができる」というような規定を作った場合、既に普通名称化しているような登録商標に基づいてかかる請求がなされるおそれもあります。その場合、「登録後に普通名称化した商標の登録を取消す制度」があれば、被請求人側も返す刀で「その商標登録は既に普通名称化しているから無効とされるべきである」と反撃できるかもしれませんが、かかる制度がなければ、被請求人側が必要以上に萎縮してしまい、本当に普通名称化しているような登録商標についてまで登録商標である旨の表示を付す事態にもつながりかねません。

また、逆に、裁判所において一旦は普通名称化したと判断された商標であっても、その後の企業努力等により、再度、商標権者の商標であると業界内で認識されるようになることもあり得るため*11、登録後の普通名称化を後発的な無効理由に含めるべきではなく、普通名称に該当するか否かは従前通り個別具体的な事案に応じて裁判所が判断すべきという考え方も可能です。例えば(再び仮定の話ですが)、任天堂株式会社の「ファミリーコンピュータ」が爆発的に大ヒットした80年代においては登録商標「ファミコン」のことをゲーム機の普通名称であると認識する需要者・取引者が仮にいたとしましょう。しかしながら、その時点において普通名称化を理由に取り消されることなく(そのような制度がなかったために)今日まで登録が維持され、その間の企業努力とも相俟って、今日では普通名称であるとの一部の認識も消滅し、再び十分な識別力を取り戻すに至っているとの見方も可能ではないか、ということです。

今回はちょっと難しい話になってしまいましたね。

つまり、まとめると、(1)普通名称化した商標は登録できない、(2)登録後に普通名称化した商標については商標権の効力が制限される、(3)登録後に普通名称化した商標の登録を取消す制度は今のところない、(4)登録商標の普通名称化防止のため権利者に認められている明確かつ有効な法的措置も今のところない、ということになります。

ああ、頭が痛くなってきた!という方、たまにはゲームで疲れた脳をリラックス・・・なんてのもいいかもしれませんよ☆

それでは、また!

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2009年6月29日
特許業務法人 クレイア特許事務所
弁理士 齊藤 整 (Illustrated by HASHIMOTO TARO)

※「ファミコン」および「ファミリーコンピュータ」は任天堂株式会社の登録商標です。
※「PlayStation 3」は株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメントの登録商標です。

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*1)広辞苑(第6版)では、「【ビデオゲーム】テレビゲームに同じ。」と記載されており、【テレビゲーム】の項目には、「(和製語)コンピュータを使い、ディスプレー上で行うゲーム。」とある。また、大辞泉では、「【ビデゲーム】→テレビゲーム、【テレビゲーム】小型コンピューターを利用し、テレビの画面上にゲームを映し出して遊ぶ装置」とある。
*2)商標法上、普通名称だからといって直ちに登録が認められない訳ではない。商標法3条1項1号に『「その」商品について・・・』とある通り、指定商品と異なる商品の普通名称であれば何ら問題はない。例)商品「家庭用テレビゲームおもちゃ」について商標「ビール」や「チョコレート」など。
*3)普通名称か否かの判断時は、出願時もしくは原簿への設定登録時ではなく、査定もしくは審決時である(商標法4条3項反対解釈)。
*4)登録後に普通名称化が認定された例として、「うどんすき」(東京高判H9.11.27)、「しろくま」(かき氷には普通名称該当、ラクトアイスには普通名称非該当:大阪地判H11.3.25)、「ういろう」(東京高判H13.3.21)、「巨峰」(大阪地判H14.12.12)、「三輪素麺」(奈良地判H15.7.30)・・・等々が存在する。
*5)商標法26条1項2号「商標権の効力は、当該指定商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示する商標には及ばない」。
*6)商標登録第1832596号は、元々シャープ株式会社の保有にかかる商標であったが、登録後に任天堂株式会社へ譲渡され、今では同社の著名商標として防護標章登録を受けるに至っている。
*7)広辞苑(第6版)では、『【ファミコン】(「ファミリーコンピュータ」の略称。ともに商標名)主にテレビゲームに用いる家庭向けコンピューター。』と記載されており、商標名であることが明示されている。
*8)「巨峰事件」(大阪地判H14.12.12)では、辞書等の記載について、広辞苑のように訂正を受け入れたものもあったが、朝日新聞発行「朝日園芸百科23 有用植物編-III」のように、「巨峰」は品種名であり、登録商標である旨を付記する必要はないとして拒否した事例もあった(青木博通「知的財産権としてのブランドとデザイン」有斐閣2007,14頁)。
*9)欧州(CTM、イギリス、ドイツ、フランス)や米国では、商標が登録された後に普通名称化した場合には、その権利の効力が制限されると共に、その登録も取り消される(財団法人知的財産研究所「各国における商標権侵害行為類型に関する調査研究報告書」平成19年3月)。日本は権利の効力が制限される一方(商標法26条1項2号)、後発的な登録の取消制度は存在しない。
*10)後発的な無効理由としては、(1)商標権者が特許法25条(外国人の権利の享有)の規定により商標権を共有することができない者になったとき、(2)商標登録が条約に違反することとなったとき、(3)登録商標が公益的な無効理由を有するに至ったとき(具体的には商標法4条1項1,2,3,5,7,16号に該当するに至ったとき、(4)地域団体商標が規定の要件を具備しないものとなったとき)に限られる(商標法46条1項4,5,6項)。
*11)上記(*9)における欧州(CTM、イギリス、ドイツ、フランス)や米国では、登録の時点で普通名称に該当しているにもかかわらず登録された場合において、取消請求の時点で普通名称に該当しなくなった場合には、その登録は取り消されない旨の規定が存在する(前出「各国における商標権侵害行為類型に関する調査研究報告書」)。